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「五條楽園」編【2】

2011年04月29日(金)

「五條楽園」編【2】

五條楽園の歴史をひもとくと、かなり古く、300年も前に発祥したといわれる。

かつて京都には五条新地、六条新地、七条新地の三つの遊廓が並んで存在し、これらを総称して“五條楽園”と呼んだという。だが、明治初年には七条新地だけが残り、一廓化。ところが売春防止法の施行で廃止が決まり、今度は五条新地だけがお茶屋の名目で七条に出店して営業を継続した。地区間の対立や火事なども絡み、こんな複雑な経緯があったようである。

「かつてここは赤線時代は“七条新地”やった。150軒もの娼家があったそうです。売春防止法の後、80軒ほど営業してたけど今は少のうなった」と、地元の人もいう。

夏場は客引きのおばさんが団扇でぱたぱたと顔を扇ぎ、玄関先の椅子に座ったまま客を誘う姿がまるで風物詩のようであった。さすがに冬期はそんな風情もなく、お茶屋街は実にひっそりと沈んでいる。

新地に詳しい風俗ライターは、こういう。

「現在、置屋にいる芸妓は30人ほど。30代が主流のようやけど、20代のコも4、5人いて、22~23歳の女性がいちばん若いようですわ」

続けて「夜は11時までに入ったらいいけど、10時半でほとんど終わりやね。女の子は3人ぐらい付くと帰る人が多いから、昼過ぎから4時ぐらいまでに遊ぶのがええわ」とも教えてくれた。

営業は正午から午後11時まで。2のつく日(2、12、22日)は休み。正月の三日間も毎年休業になっている。

わたしは誘惑にかられて一軒のお茶屋に潜り込んだ。二階の廊下の一部に石畳を配し、室内は四畳半。炬燵を中央に置き、床の間には日本人形を飾ってある。

「寒いどすなぁ。熱いオブ持って上がります」と、おばさんはお茶と和菓子を運んできた。

お茶をすするうち、赤い小紋の着物姿で一人の女性が現れた。24歳の童顔女性で「気付けは一生懸命覚えました」と笑って話す。

やがて着物を脱ぐと、白い襦袢の下にはパンティーを穿いていなかった。わたしは、まさに遊廓を喰らうという官能の快楽に溺れた…。

古い歴史の残り香を強く感じずにはいられなかったのである。

(文・鳥飼順一)

ライタープロフィール

かんない 次郎

かんない 次郎

かんない太郎の弟分。かんない.net編集長。経費を使っての風俗遊びが得意。生涯現役風俗ユーザー!!

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