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「屍体について」変態フェチ/新城匡人

2013年11月04日(月)

屍体について

屍体について

 

エリスが分類したフェティシズムのうち、異常なものとして〈屍体〉がある。事件にならない限り、表には出てこないものだ。

 

かつて支那と呼んでいた頃の中国では、屍姦のできる妓楼があった。死後一週間以内の女性を抱かせる店で、館の中は、香の匂いが充満していたという報告が残っている。

 

昭和の初め、〈天国に結ぶ恋〉として騒がれた神奈川県湘南大磯町の坂田山心中事件——。この時の女性の死体は墓守に奪い去られたばかりか、さんざん玩ばれていた。心中した男は二十四歳、女は二十一歳で、処女だった。美貌に魅了され、死体の服を脱がせると性毛が多かったので好奇心をそそられたと、墓守は逮捕後に告白している。

 

死体への愛着のうち、もっとも壮絶を極めた事件がある。
高橋鐵著『アブノーマル』(河出文庫)に詳しいので、抜粋して紹介しよう。

 
 

昭和七年二月四日早朝、名古屋中村遊廓から三百メートルほど離れたところの納屋へ、納屋の所有者の長男が一週間ぶりに物を探しに入っていった時、若い女性の死体を発見した。死体には首がなく、両乳、臍、下腹部、性器もえぐりとられていた。

 

捜査の結果、納屋の内部から、凶行に用いられたらしい出刃包丁二丁、靴、メリヤスシャツ、数珠が発見され、外部の溝から複数の封書と風呂敷包みが発見された。

 

手紙は、東京市の菓子職人、増淵倉吉にあてた恋文であった。差出人は、名古屋市の吉田ます江。風呂敷包みには若い娘の写真が入っていた。

 

捜査隊と愛知医大の活動によって、死体は死後三日、恋文の筆者であるます江という十九歳の女性だと判明した。となると、犯人は増淵倉吉だろうと推測された。

 

この増淵は、四十四歳。母親は前夫との間に三人の子をもうけたが、情夫のもとへ走って、第一子を産んだ。それが増淵だった。十二歳になって初めて戸籍の届けがなされたという境遇であった。駈け落ちした女に裁縫師をさせていて、その頃にお針子として通っていたのが、ます江だったのである。

 

淫虐犯罪の舞台は、木曾川の河原。砂利取りの船夫が、岩を染めた赤黒い血痕を発見して、所轄署に通報。現場には髪の毛がへばりつき、一隅には生首が転がっていた。しかも生首には頭皮が髪とともに剥ぎとられ、耳も眼球もなかった。左顎に残ったホクロで首はます江とものと証言された。

 

事件の結末も異様だった。事件後一ヵ月、首が置かれていた場所から二百メートル離れた小屋で、増淵は首吊り自殺していた。頭からます江の黒髪がついたままの頭皮をかぶり、肌にはます江のシャツをまとっていた。右ポケットから両眼球、左のポケットにシイタケのように変色した耳、肉塊を入れた風呂敷包み、小屋の隅に冷蔵庫があり、上段に乳房肉塊、中段に性器が置かれていた。

 

フェティシズムの極みのような事件である。

 

屍姦の実例として、「小石川の某寺で屍体を発掘した青年があったが、これは屍姦は陰萎を直すといふ迷信によって行ったもので、かくいふ迷信は昔からかなりあったものであって屍姦の例は古く平安朝時代にもあったらしい。」(相馬二郎著『変態処方箋』)
江戸末期の春本には、隠坊が若い女の屍体を棺から取出して、まぐわっている図まである。

 

 

【執筆者プロフィール・新城匡人】

風俗ライター。スポーツ紙、夕刊紙、週刊誌などで執筆中。著作に『フーゾク店にようこそ』(イースト文庫、現電子書店・パピレス所蔵)など。電子書店パピレス

ライタープロフィール

かんない 次郎

かんない 次郎

かんない太郎の弟分。かんない.net編集長。経費を使っての風俗遊びが得意。生涯現役風俗ユーザー!!

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