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福原遊廓

2011年07月22日(金)

福原遊廓神戸の福原町というと、有名な泡の町である。かつてここは福原遊廓だったのだが、現在は完全にソープランド街として市民権を得た。もともと東京吉原、京都島原と並ぶ日本三大遊廓としての歴史を持つ。福原、吉原、島原は“三大三原”とも呼ばれ、華やかな時代を築いていたようである。

「売防法施行の前は、芸妓がぎょうさんおったし、流しの歌手もいた。芸能人もちょくちょく見たわ。昔は泊まりがあったから、ズラ~とお客が並んでて、そらすごかったよ。タクシーも並んどったしな」と、地元の年配者が教えてくれた。

福原遊廓は明治元年、神戸開港とともに誕生した。平清盛がつくった福原京の名前をとって福原遊廓とし、当初は四十数軒の妓楼があったといわれる。遊廓本などによれば、昭和5年頃には貸座敷93軒、娼妓1320人。値段は1時間2円、一泊10円と紹介されている。

 

売防法施行で遊廓廃止が決まると、〈飛田〉など多くの遊廓は料亭に変わったが、福原は“浮世風呂”として生き残った。

これは福原独自のもので“江戸時代の銭湯”のこと。式亭三馬作の滑稽本『浮世風呂』は、町の社交場であった銭湯における会話を通じて庶民生活を描いたもの。それでこの名前が付いたようである。

「今は浮世風呂ってのは死語に近いけど、福原でも古い店は全部浮世風呂やった。銭湯スタイルで、ビールを飲める店もあった。入浴した後、肌を重ねるんや。昭和50年代は40分8000円程度で最後まで遊べたでぇ」(地元の人)

実はわたしも何度か世話になったので、よく覚えている。その後、昭和56年頃に“本格トルコ”ブームが起こり、浮世風呂も時代に迎合するように変わっていった。

さらに平成7年、今度は未曾有の阪神淡路大震災が福原を襲う。泡の町はまた一変する。ただ頑丈なソープの建物はほとんどツブれなかったが……。

福原には、震災後にも残った“お座敷サロン”が数軒ある。まさにこれが遊廓の名残だ。部屋は4畳半。TV完備、座椅子に座卓を置き、今も遊廓の雰囲気のまま遊べる。予算は30分1万2000円ほど。

紆余曲折の果て、福原遊廓はようやく今の欲望地帯になったのである。

(文・鳥飼順一)

 

 

ライタープロフィール

かんない 次郎

かんない 次郎

かんない太郎の弟分。かんない.net編集長。経費を使っての風俗遊びが得意。生涯現役風俗ユーザー!!

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