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郡山新地

2011年05月20日(金)

郡山新地関西には廃墟になってしまった遊廓の建物がいくつも残っている。残骸のように朽ち果てたものや当時を忍ばせる豪華な建物、再利用して住居になったものなど。もちろん建て替えられて区別がつかない場所も多く、今回はそんな廃墟の遊廓街を歩いてみたぞ。

足を運んだのは、奈良県大和郡山市。ここに二つの遊廓が存在したが、今はもうない。JR郡山駅から徒歩5、6分の“洞泉寺町”ともう一ヵ所、近鉄郡山駅から至近の距離の“東岡町”。こちらは「郡山新地」といわれ、別の意味で一躍有名になった。他でもない、大がかりな摘発があったからである。

昭和初年に21軒の遊廓があったとされ、戦後も指定地になった。

その後は旅館街になっていたが、突然、フィリピン女性専門の売春街として復活した。ところが、平成元年10月、売春強要が明るみになって、その後は摘発が相次いだのだ。

当時の新聞には、「奈良県大和郡山市の旅館街で、百人以上のフィリピンなどアジアからの出稼ぎ女性が、パスポートをほとんど取り上げられ、暴力団の監視の下、“軟禁”状態で売春させられ……(中略)、背後に日比を結ぶパスポート変造、人身売買ルートがあるとみられ……(以下略)」(毎日新聞平成元年10月6日夕刊)とある。

当時、旅館は約三十軒。最終的にこの売春事件の逮捕者は、旅館経営者ら計15人にも及んだ。なんと、旅館を所有していた大和郡山市議の妻まで逮捕され、物議をかもした。

「当時は20分4000円の料金やったと思う。オバさんが客引きをしとって、中に入ると、4畳半ぐらいの個室で。女の子は全員がフィリピン人やった。20歳過ぎの若いコばっかりで、各旅館に4、5人はおったみたい。かなり賑わってたけど、軟禁状態にされていたようで、女の子が逃げ出し、警察に訴えて一斉摘発となったんや」(当時を知る風俗ライター)

旅館は今も残っている。だが、「看板は出してはるけど、旅館営業はしてないよ。人が住んでるとこもあるが、ほとんどツブれた」(近所の人)という。茶色にくすんだ古色蒼然たる風景だけが、今も異質な雰囲気を醸し出していた……。

(文・鳥飼順一)

 

ライタープロフィール

かんない 次郎

かんない 次郎

かんない太郎の弟分。かんない.net編集長。経費を使っての風俗遊びが得意。生涯現役風俗ユーザー!!

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